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筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者女性の依頼を受け、薬物を投与して安楽死させたとして2人の医師が逮捕された事件が、日本社会に大きな衝撃を与えています。生きる権利だけではなく、尊厳を持って死ぬ権利も認めるべきだという安楽死や死の自己決定権について、この機会に子どもと一緒に考えてみましょう。 安楽死には、大きく分けて2通りあります。ひとつは、治る見込みのない終末期の患者に対して薬などを与えて死に至らしめる積極的安楽死(医療援助死)、もうひとつは胃ろうなどの延命治療をしない消極的安楽死(尊厳死)です。 日本でも消極的安楽死は認められており、患者本人または家族が明らかな意思表示をすれば、医師は延命治療をしないか中止しても殺人罪には問われません。しかし、積極的安楽死はいまだ法的に整備されておらず、1995年の横浜地裁判決で出された4つの条件を満たす場合のみ例外的に認められています。それらは、死期が迫っている、耐えがたい肉体的苦痛がある、ほかに苦痛を緩和する方法がない、患者の明らかな意思表示があるというものです。 今回の事件は主治医でもない医師ですから、病状や治療の経過、死期や苦痛の度合いなどを正しく判断することはできず、これらの要件を満たすのは到底難しいと言えます。ちなみに逮捕された医師のひとり、大久保愉一容疑者は自身のツイッターで、漫画『ブラック・ジャック』に登場する安楽死を請け負う医師、ドクター・キリコに何度も言及し、「俺がもしも開業するなら、ドクターキリコしかないな」などとつぶやいていたそうです。漫画に出てくるキリコの安楽死の3条件は、回復の見込みがない、生きているのが苦痛、本人が死を望んでいるというもので、くしくも横浜地裁の4条件のうちの3つに当てはまります。 アメリカでは、ここワシントン州を始め、オレゴン、コロラド、バーモント、カリフォルニア、ハワイ、モンタナ、メイン、ニュージャージー、そしてコロンビア特別区で安楽死が認められています。州によって多少の違いはありますが、安楽死が認められるには、治療は不可能、耐えがたい苦痛に苛まれ余命半年以下であると2人の医師に診断される必要があります。医師の立ち合いは必要なく、処方された致死薬を自ら飲みます。1998年から2017年までの間に、アメリカでは4,249名が安楽死の薬を処方されました。世界では、スイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、カナダ、オーストラリアなどが安楽死を認めており、国によって医師が致死薬を注射する、薬を処方するなどの違いがあります。スイスでは民間の安楽死団体があり、日本を含めて安楽死が認められていない海外からの会員も多数います。 安楽死は、個人の意思をどこまでも尊重する個人主義、合理主義的な欧米人の価値観から導き出された究極の自己決定権とも言えます。ただ、どの範囲まで安楽死を認めるのかという基準は、文化や宗教、社会的な価値観によっても大きく異なります。たとえば、スイス、オランダ、ベルギーでは安楽死の対象者に心の病気も含めており、オランダでは2017年に自閉症を含む83人の精神疾患を持つ患者が安楽死しています。さらに、ベルギーでは2014年に安楽死が全ての年齢で合法となり、これまでに9歳、11歳、17歳の子どもの安楽死が実行されました。しかし、本当は生きていたいのに、経済的な理由や周囲へ迷惑をかけたくない気持ちから死を選んだ患者もいるかもしれません。また、耐えがたい苦痛に苛まれている終末期の患者と、自身を認識できなくなる前に安楽死を選ぶ認知症患者、PTSDや自閉症などの精神疾患者を同じ基準で判定してもいいのかどうか、という疑問も残ります。今回の事件も、難病に苦しむ患者の救いが安楽死だけだったという点が問題であり、命を延ばす治療だけではなく、縮める治療に関しても社会全体で考える時期に来ているとも言えるでしょう。 死を考えることは、生を考えること。コロナ禍の今、死について話す機会を設けて、生きるとは何か、命の尊厳とは何かを子どもと話し合ってみてはいかがでしょうか。
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Author長野弘子 Archives
February 2024
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